その抗生剤要りますか?~『薬剤耐性菌』という世界的問題~

2022/2/2

抗生剤(抗菌薬ということもあります)という薬をご存知ですか?
また、飲んだことはあるでしょうか?

おそらくほとんどの人はご存知でしょうし、多くの人が飲んだことがあるのではないかと思います。
実際に獣医療でも日常的に使う薬で、実際に当院を受診した際にワンちゃんやネコちゃんに処方された経験のある飼い主様もいらっしゃると思います。

実はこの身近な抗生剤が世界的な問題を生み出しているんです。
その問題を『薬剤耐性菌』と言います。
今日はこの問題と抗生剤の関係、またその対処法についてお話しようと思います。

 

◇抗生剤とは?

抗生剤(抗菌薬)というのは微生物(細菌やカビ)が増えるのを阻害する作用がある抗生物質を利用した薬剤で、通常は細菌感染症真菌(カビ)感染症の際に用いられます。
世界初の抗生物質であるペニシリンは有名なので、皆さんも一度は名前を聞いたことがあるのではないでしょうか?
現在はこの他に何万種類という抗生物質が発見され、何百種類という抗生剤があるそうです。

一概に抗生剤と言っても、すごい種類があることが分かったと思います。
では、どれを飲めばいいのでしょうか?なんでもいいのでしょうか?
実は抗生剤なら何でも良いというわけではありません

抗生剤にはそれぞれ特徴があり、微生物への効果や動物の体内での働き方が異なります。闇雲に使うとあまり効果が出なかったり、副作用が強く出てしまうような場合もあります。
ですので、抗生剤を投与する場合は、体内のどの臓器に、どんな菌が感染していて、どんな症状を起こしているのかを推測・確認することが非常に重要となります。
そこまで具体的な話は普段はお医者さんも獣医さんもしませんが、詳細な検査をしない場合でも、臓器と菌と症状について考えながら抗生剤を処方しています。

 

◇薬剤耐性菌とは?

上記のように抗生剤は臓器と菌と症状を考えた上で選択・投与します。
それは抗生剤によって効きやすい状況が違うからですが、通常は抗生剤が効くはずの状況でも抗生剤が効かない
菌が存在することがあり、そのような菌を『薬剤耐性菌』と呼びます。

この性質は菌が本来持っていたり、他の菌から譲り受けたり、抗生剤を投与されたりすることによって獲得します
そして、この薬剤耐性菌は抗生剤が効きづらく、以前は容易に治るような感染症が治らなくなり、結果として敗血症を引き起こし、命を落としてしまうことになります。

近年、この薬剤耐性菌が急速に増加していて、世界的な問題となっています
ある研究では1年間で薬剤耐性菌によって亡くなる人は、アメリカで3.5万人以上、ヨーロッパで3.3万人以上、日本で8千人以上という結果が出ています。
ちなみに日本の1年間の交通事故の死亡者数が約3000人ですので、交通事故よりも薬剤耐性菌で亡くなる人の方が多いということになります。

そして、別の研究では現在のまま薬剤耐性菌が増え続けると、いつか薬剤耐性菌で亡くなる人数は癌で亡くなる人数を超えると予測されています。

 

◇薬剤耐性菌を生み出さないためには・・・

皆さん、薬剤耐性菌の問題ご理解いただけたでしょうか?
菌には人にも動物にも感染するものがおり、実際に人のもつ薬剤耐性菌が飼育している犬からも検出された事例があります。
ですのでこの問題は人も犬も猫も、すべての動物にとっての共通の問題なのです。

そして、薬剤耐性菌をこれ以上増やさない努力をしなくてはなりません。
そのために重要なのが、『抗生剤の適性使用』『感染対策』です。

 

抗生剤の適性使用

まず、国立国際医療研究センターが毎年行う抗菌薬意識調査レポートの中にある3つのクイズをご紹介しますので、Yes or Noで答えを考えてみてください。

①抗生物質はウイルスをやっつけることができる?
②抗生物質は風邪にも効果がある?
③処方された抗生物質は治ったら早くやめた方が良い?

いかがでしょうか?何となくすべてYesかな?というよりはYesだと良いなぁと思ってしまいますが、残念ながら答えはすべてNoです。
ちなみに、この正答率は順番に18%、24.5%、29.5%だったそうです。
これは抗生剤の適性使用にかかわる重要な知識ですので、ぜひ覚えておいていただけたらと思います。

さて本題ですが、薬剤耐性菌を生まないためには抗生剤を使わないことが一番です。
しかし、酷い感染症では使わないわけにはいきません。
ですので必要かどうかを正しく見極めた上で抗生剤を適切に選択・使用する必要があります。
・・・これって当然のように聞こえるかもしれませんが、実際に人医療でも獣医療でも抗生剤が適正に使用されていない事例が非常に多いと言われています。
原因はたくさんありますが、一つの大きな要因としては、これまで医師や獣医師がこの問題について深く考えず、患者側にも抗生剤を飲めば治るという思い込みがあるために、本来は抗生剤を処方する必要のない場面でも『念のために』処方するケースが多かったことが挙げられます。

これからは『念のために』抗生剤を使うのではなく、『明日のために』抗生剤を使わない、そういう意識を医療者も患者も持たなければなりません。

実際に、獣医療において本来は抗生剤が不要なことが多いのに使ってしまいがちな代表的な例としては、急性の下痢、症状のない細菌尿、汚染のない手術、膿皮症(皮膚の細菌感染)があります。
皆さんも今後このような場合に抗生剤が処方されなかったとしても、不思議に思わないでいただけたらと思います。

では、抗生剤が必要で、臓器・菌・症状を考慮した上で正しく処方された抗生剤なら薬剤耐性菌の発生は最小限度で済むのかと言われると実はそうでもありません。
それは処方された薬が処方された内容で正しく飲まれていない事例も非常に多いからです。
抗生剤は過不足なく効かせなければ薬剤耐性菌の発生を最小限度の抑えることができません。
・治ったから途中で飲まなくなった
・風邪っぽいので以前処方されて残っていた抗生剤を飲んだ
・家族が処方された抗生剤を分けてもらった
といったことは皆さんも経験があるのではないでしょうか?
このような不適切な抗生剤の使用は薬剤耐性菌の発生を増加させますので、処方された抗生剤は副作用などの問題が起きない限りは処方された通りに最後まで飲み切るようにしましょう

 

感染対策

しつこいですが、薬剤耐性菌を生まないためには抗生剤を使わないことが一番です。
言い換えれば、そもそもできる限り感染症を起こさないことが重要ですので、一般的な感染対策も薬剤耐性菌を増やさないためには非常に重要な取り組みです。

また、薬剤耐性菌は他の菌に接触することでその薬剤耐性を譲り渡すことがありますので、薬剤耐性菌を保有している可能性のある人(医療者獣医療者抗生剤を飲んだことがある人など)は特に感染対策を心がけなければなりません

では、一般的な感染対策とは何でしょうか?
ずばり、『手洗いと消毒』です!
新型コロナウイルス感染症が流行し始めてから皆さんも励行されているとは思いますが、手洗いと消毒(アルコール)は本当にすごい効果があり、実際に薬剤耐性菌が増えてしまった医療機関でもそれまで以上に手指の消毒を行うことで薬剤耐性菌が減ったという報告もあります。

余談ですが、手洗いと消毒の効果を皆さんはどれくらいご存知でしょうか?
手洗いの石鹸のCMで『除菌率99.8%』みたいなフレーズを聞いたことありませんか?すごいですよね。手の菌がほとんどいなくなるということです。
じゃあ、石鹸を使わない手洗いの効果ってどれくらいだと思いますか?
色々な手洗いの方法を試して菌の減少率を調べた研究によると、水だけの手洗いで98%、薬用石鹸での手洗いで99.75%だったそうです。
しっかり水を使って洗うだけでも非常に効果が高いんです。もちろん、石鹸を使うに越したことはありませんが、水だけでもしっかり手を洗うことは意味があるんですね。

消毒用アルコールも最近はどのお店にも
設置してありますよね。
手洗いほどではありませんが、アルコールでの消毒はかなり手指の菌を減少させることが分かっています。
しかし、その消毒効果はおよそ1時間ほどと言われています。
ですので、頻繁に人や動物に触れる時や料理をしている時など、手の清潔さが気になる場面では1時間ごとのこまめな手洗いと消毒を行うことが効果的です。

 

 

少し文章が長くなりましたが、『薬剤耐性菌』の怖さとその対処法についてご理解いただけたでしょうか?
人間を含めた全ての動物にとっての世界的問題ですし、医療および獣医療従事者だけではなく、一般の皆様の『抗生剤の適性使用』に関する知識と日々の『感染対策』がとても重要です。
当院でも薬剤耐性菌を増やさない医療を目指していきますので、皆様にもご理解とご協力の程、宜しくお願い致します。

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